東京・神田のデザイン事務所である株式会社PEN.。 代表の木村 泰治(ペン・きむら たいじ)さんは、アートディレクター・デザイナーとして多くの広告やグラフィックデザイン、ブランディング、パッケージデザインなどを手掛けています。今回は株式会社AMU代表の鹿倉 安澄がお話をうかがいました。
オフィスに入って最初に目を奪われたのは、本棚に並んだ大量の本と多くのデザインアワードのトロフィーでした。
鹿倉 本日はよろしくお願いいたします。ずいぶんたくさんの本をお持ちなんですね。
木村 アイデアのヒントとキーワードを探るのに、毎回かなりの時間を費やすのですが、ここにある本には何度も助けられています。制作に行き詰まるといろんなジャンルのデザインやビジュアルをみるために、パラパラとページをめくりイメージを膨らませます。「デザイナーにとって、本は財産」だと教えてくれた恩師の言葉によるところが大きいんです。
鹿倉 本がトリガーになっているんですね。
木村 そうですね。時には自分のデザインにあてはめたり、時にはこのアイデアを別のジャンルの案件にあてはめたりして、「同じ要素なのに、なんでこのデザインのほうが良く見えるのか」「自分のデザインとの違いは何なのか」と考えることもあります。
「企業らしさ」を保ち、多くの人に良さを伝える
鹿倉 サイト、拝見しました。無印良品が好きで文房具や洋服、雑貨と、いろいろ購入しているんですが、その「無印良品」の広告デザイン制作を木村さんも手掛けていると知って、本日のインタビューをとても楽しみにしていました。
木村 知人の紹介で無印良品の案件もいくつか制作を手掛けています。チームで制作しているので私一人で作っているわけではないんですが(笑)
無印良品は特にブランドのイメージが確立している案件ですので、その「無印良品らしさ」を壊さないように、新しい表現のアイデアを考えるのが非常に大変でしたね。大きな案件はチームで進めていくことが多いかと思います。
私のようなデザイナーだけでなくコピーライターや、時にはクライアント担当者も一緒になって作っていくこともあります。最終的に内容によってはカメラマンやイラストレーター、印刷物なら印刷業者、映像制作などでは監督や編集者など関わってくることもありますね。
アートディレクターとしては全体を指揮する立場でもあるので、自分がデザイン制作したものだとしても、毎回必ず一歩引いて全体を見るようにしています。
鹿倉 「企業らしさ」を守るお仕事は大変そうですね。
木村 「らしさ」を壊さないのも大事なのですが、ベタな表現にならないように、少し尖った部分、例えば「ちょっとした違和感」や「新しい表現」、「遊び」や「余白」などを加えたいと常に思っています。
デザインを見た消費者の方々が「あれ?」と注目するような目を引くポイントを入れるんです。
守るだけでは良いデザインやアイデアは生み出せません。制約がある中で何ができるか?それがこういった仕事の醍醐味です。
デザインに必要なのは「クライアントの目的が何か?」
木村 デザインは、クライアントあってのものだと思っています。
また、デザインとアートはまったくの別物だと思っているんです。アートは自己表現・自己満足でも完結しますが、デザインはクライアントの商品やサービスを表現するためのものなので、ビジネス色が強いですね。
「デザイナーがどうしたいか?」ではなく、大切なのは「クライアント企業の最終目的が何か?」なんです。
もしデザインに関して細かい部分の要望があった時は、言われたままに作業するのではなく、「なぜそうしたいのか」をおうかがいして、その目的や狙いを理解し、その解決方法をデザインでアウトプットするのが私の仕事です。
例えば、「パッケージのマークはどこに入れるか?」決めるときには、1ミリ単位で修正しながら位置を決めています。ポスターでも上か下か、右か左か。その違いで全体の印象は大きく変わります。
「表示サイズが規定で決まっている」「色校正にかける予算がない」など物理的な要望などがあれば、その縛りの中で考えられます。一緒に考えて、一緒に作っていく、そんなデザイナーでありたいなと思っています。
趣味がつないだ縁
鹿倉 制作事例を拝見していて、カッコいいなと思ったのがクライミング関連のお仕事でした。こちらはどのような経緯で受注したのですか?
木村 クライミングは趣味として長くやっています。クライミング関係の知り合いに縁があり、声をかけていただき、大会のブランディング・デザインを担当させていただくことになりました。
ちょうどオリンピック種目に選ばれ、イメージを変えていこうというタイミングで。今でこそスタイリッシュなイメージのスポーツになりましたが、その頃は違ったんです。
デザイン一つで見た人が受ける印象は大きく変わります。デザインが洗練されていれば、ロゴだけでなく、Tシャツやエコバッグなどのグッズも購入してくれる人が増え、またそのグッズが広告塔になって大会のイメージを拡散してくれます。
実際に、2019年のクライミング世界選手権のポスターやロゴを含めたブランディングを担当し、グッズ制作もしたのですが、完売。これらが、ドイツのデザイン賞であるRed Dot Awards 、ニューヨークの広告デザイン賞のADC Awardsなどで入賞し実際に評価を得ました。
世界選手権の大会ビジュアル制作を期に、ここ数年は、国内大会であるクライミングジャパンカップのブランディングも引き続き担当させてもらってます。
2020年のジャパンカップのロゴ・ブランディングは2020年のグッドデザイン賞も受賞いたしました。協会の皆さんが喜んでくださったのが私としてもうれしく、「クライミングのイメージをデザインで変える」というミッションは達成できたのではないかと思っております(笑)
鹿倉 デザインが企業イメージを決めるための重要なファクターなのだということがよくわかりました。
そういう意味では、木村さんがデザインされた「漢方薬局 neut」のロゴ、一度見たら忘れない、インパクトがありますよね。漢方のイメージは残しつつ、今っぽさがあって、素敵だなと思いました。
木村 ありがとうございます。「漢方薬局 neut」のロゴは、知人からの依頼で制作しました。店名のneut(ニュート)は、ニュートラルという言葉からつけたと聞き、天秤をデザインのモチーフに取り入れました。
「変にモダンになり過ぎず、漢方の良さを残したい。かといってレトロというわけではないし…」と悩みました。キーワードを探すために、先方に漢方についてのヒアリングをし、漢方関連の本や資料も読み込み、デザインのアイデアを広げていきました。ロゴに入れた「気・水・血」「異病同治・同病異治」は、漢方医学を象徴する言葉としてデザイン要素として取り入れています。
ロゴをプリントした薬包紙は四角い紙を折って使います。薬だけでなく、漢方茶や飴などの試供品用にも使ってもらうことで、店頭に置いておくだけでも、漢方らしさもありキャッチになり、お客さんにも興味を持ってもらえるのではないかと思い提案しました。
予算の少ない個人経営のお店でしたが、薬包紙の場合は正方形の紙に印刷するだけですので、費用もかなり抑えられます。その上まさに漢方らしい販促ツールになるのではないかと思いました。
用紙はリアルな薬包紙に近い薄紙版とお店の雰囲気に合わせたクラフト紙版の2種類を作成し、幅広い用途に使えるようにしました。用紙ひとつで販促ツールの雰囲気は大きく変わります。
鹿倉 そういえば私も、ケーキ屋さんに小さなパンフレットがあると、つい手に取って持ち帰ってしまいます。家に帰ってもショーケースを眺めていたときのワクワク感を思い出して幸せな気持ちになれるんですよね。
木村 お店のロゴが入ったアイテムを、ご自宅でも飾ってもらえたり、捨てずに置いておいてもらえたりすることはデザイナーとしてはとてもうれしいですね。
ほかにはショップツール用にロゴ入りステッカーを一つ作りました。お金をかけなくても、市販の無地の手提げ袋や紙袋に貼るだけで見栄えがよくなります。使う紙袋や貼る位置などは、ブランドイメージとしては大事なので細かく提案するようにします。
特にお店のブランディングとしては、お客さんからすると紙袋などのショップツールはショップイメージとしてとても重要な役割をしますので、おろそかにはできません。
予算がない場合は、このようにアイデア次第で、費用の掛からない方法でもクオリティを保ったツールができるような提案も心がけています。
店舗のガラス面のロゴは、白にするか黒にするか、図面やお店の雰囲気、立地を見ながらよく考えました。昼と夜でもどう見えるかは変わります。
鹿倉 木村さんは内装にもお詳しいんですね。資材へのこだわりも感じます。
木村 大学ではプロダクトデザインコースを選択し、最低限の図面の読み方も学びました。立体的にものを見るのには慣れているんです。
専攻では、ガラスや木材、プラスチックなど、素材についても勉強していたので、今でもこだわりは強いかもしれません。
過去に美術塗装の仕事をしていたこともあり、内装や塗装、資材に関する知識は一般の方よりは持ち合わせているかと思います。とはいえ、離れてからずいぶん経つので、アドバイスができる程度ですが(笑)
鹿倉 店舗デザインだけでなく、店舗設計の相談までできると、小さな会社や店舗にとっては心強いですね。別でお願いすると、けっこうな費用がかかってしまいますし…。
私も含め、小さな会社の経営者さんは、何を誰に依頼したらいいかわからず、結局、自力でやろうとして中途半端になってしまうんですよね。
木村 相談相手として、良いように使っていただければ、私としてもうれしいんです。それが新たな依頼につながるケースも多いですし、「自分のデザインが一番いい形で使われてほしい」という制作者としての気持ちも満たされます。
最近は、Webサイトのデザインもおろそかにはできません。たとえばTENTOMENのロゴ制作を依頼された際は、サイトデザインも担当しました。Web制作会社との打ち合わせへも同席し、デザイン要素をこちらから提供するなどして、一緒に作り上げていきます。
鹿倉 Web制作会社との打ち合わせで「自分の意図をうまく伝えられなくて、納得のいくデザインにならなかった」という話はよく聞きます。木村さんに同席してもらえれば、安心ですね。
デザインで企業をブランディングする
鹿倉 サイトにたくさんの作品が掲載されていますが、「三井のリフォーム」「ユニクロ」「慶応義塾大学」「パナソニック」「グリコ」など、誰もが耳にしたことのあるような大企業だけでなく、商品やサービスにこだわりのある小さなお店のアートディレクションもされているんですね。
木村 大手のお仕事は代理店経由でお話をいただくことが多いのですが、「デザインする」という意味では、企業規模は関係ないと思っています。「人がいて、商品があって、どうやって世の中に打ち出していくか考える」、そこに優劣はありません。
どんな企業との仕事でも、まずは「どうしたいのか?」じっくりおうかがいします。そのなかで予算を教えてもらえるのなら、予算内で何ができるか、一緒に考えていきたいんです。
プロとしてその対価はいただきますが、予算が少ないという理由だけでは断らないようにしています。
時間も予算もないうえに「全部お任せで」と言われてしまうと、ちょっとやる気は出ないんですが(笑)「実現したいことがあって、どうしてもPEN.木村さんに相談したい」と言われれば、喜んでお話をうかがいます。そのときは費用面で断念しても、数年後に正式に依頼をしてくださることもありますから。
デザインとブランディングは深くかかわっています。イチから作り上げる作業に参加できる仕事は、デザイナーとしては非常に魅力的です。これから力を入れていきたい仕事の一つです。
デザインを起点にアイデアは広がっていく
木村 以前、三井のリフォームさんから、「広告枠はあるのだが、どんな広告にするか決まっていない。予算もあまりなくて、掲載日が近づいている。何かいい案はないか?」とご相談がありました。
そこでコピーだけの広告を提案しました。とはいえ時間と予算の関係でコピーライターへの依頼ができないので、先方の担当者と私でキャッチコピーを考えました。アドバイスしながら一緒に作れるのではないかとトライしてみたのです。
なにより先方担当者の決断力と「一緒に作っていこう」という気持ちをもってくださったことが、成功させるためには非常に重要でした。
結果、時間も費用も限られているからこそ、印象的な広告を生み出せました。制限があっても、マイナスばかりに働くわけではないんです。
ほかにも、依頼されたメインデザインに付随するパンフレットやグッズのアイデアについて自主提案で、「印刷や制作の実費だけでいいのでやらせてほしい」とお願いした案件もあります。
どの企業にも予算がありますから、無理なお願いはできないのですが、いいデザインができると表現方法を広げたくなるんです。せっかくいい商品やサービスがそこにあるのだから、「やらないのはもったいない」と思ってしまうんですよね。
最初にデザインで世界観を作りこんでおけば、事業も軌道に乗りやすいはずです。これまでの経験を、企業のブランディングに生かせるのではないかと考えています。
鹿倉 「依頼されたものだけで終わり」では、せっかくいいデザインができても、突き放されたように感じてしまいます。木村さん指名のお仕事が多いのは、そこに理由があるのかもしれないと思いました。
木村 企業の大小に関係なく、事業の質を高めたいと思っている経営者のみなさんと一緒に、デザインを作り上げていきたいと、今、強く思っています。
「商品やサービス自体には自信があるが、どう売りだしたらいいかわからない」と経営者の知人からよく相談されます。このような悩みは多かれ少なかれ、どの企業も抱えているのではないでしょうか。
私はデザインを通して、企業のブランディングのサポートをしたいと思っています。じっくり事業についておうかがいし、一緒に向かうべき方向を定めたいと考えていますので、まずはご相談ください。
鹿倉 本日は貴重なお話をありがとうございました。
寡黙に見える木村さんですが、お話しすると気さくで仕事への情熱を秘めた方なのだと気づきました。ご一緒に仕事ができる日を夢見て、「日々の仕事に精進していこう」と、前向きな気持ちになりました。
素晴らしい商品サービスがあるのに売り方がわからずお困りの方は、一度、木村さんにご相談されてみてはいかがでしょうか。
PEN. サイト :http://www.pen-design.jp/
プロフィール
木村泰治 きむら たいじ
PEN.Inc.代表/ アートディレクター・デザイナー
奈良県出身。
大阪芸術大学デザイン学科インダストリアルデザインコースを卒業後、特殊塗装の仕事を経てグラフィックデザインの道へ進む。
大阪・東京の広告制作を中心としたデザイン事務所を経て、2012年に独立し、デザインスタジオ「PEN.Inc.」を設立。
2021年にLondon International Awards 2021でアジア・リージョナル・デザイン・カンパニー・オブ・ザ・イヤーに選出される。2022年にはアジアを代表する広告賞ADFEST2022(アジア太平洋広告祭)にてデザイン部門の審査員を努める。
制作に携わった主な仕事:
グリコ「Pocky THE GIFT」、パナソニック「Life is electric」、ホンダ「Honda Great Journey」、無印良品、クライミング世界選手権2019、クライミングジャパンカップなど。
過去の仕事の主な受賞歴:
Cannes Lions(カンヌ国際広告祭)グランプリ、ADFEST(アジア太平洋広告祭)グランプリ、Clio Awards(アメリカ)グランプリ、London International Awards(ロンドン) グランプリ、AD STARS(韓国) Grand Prix、D&AD Awards(イギリス) Yellow Pencil、The One Show(アメリカ) GOLD、ADC Awards(ニューヨーク)GOLD、Red Dot Awards(ドイツ)、グッドデザイン賞(日本)、日本パッケージ大賞金賞など、他多数の賞を獲得。